90年代後半彗星のように現れ、瞬く間にスーパータスカンを代表する銘酒となったテヌータ・ディ・トリノーロ。その銘酒を誕生させたのがイタリアワイン界の鬼才、故アンドレア・フランケッティ(2021年12月没。享年72歳)。イタリアを代表する醸造家として誰もが認める存在。その彼が新たなワイン造りの地として選んだのがシチリア島の北西部に位置するエトナ地区。2001年、新ワイナリー、パッソピッシャーロはエトナ火山の溶岩で囲まれた場所に設立された。
【パッソピッシャーロ】
畑はエトナ火山(現在も活火山)の標高1000メートルの北斜面に位置する。火山灰と溶岩が風化し粉末化した土壌はミネラルに富み、地中には根の活動に不可欠な酸素が多く含まれている。さらにシチリアの豊かな日照と3000メートルの山頂から吹き降ろす冷風により昼夜の寒暖差が激しくブドウはゆっくりと熟する。フランケッティはこの環境に心を奪われ、新たなワイン造りをスタートさせることを決断した。昼間は地中海の強い日差しを浴びて暑いが、夜には山頂から吹き降ろす風で8月でも肌寒く感じるほど。この特異な環境によりブドウの収穫は11月になることもあると言う。じっくりと時間をかけて熟したブドウは、エトナ独自のテロワールが凝縮され、豊かなアロマと果実味、そして酸が育まれる。
【シチリアのピノ・ノワールと異名を取るネレッロ・マスカレーゼ】
ワイナリーの看板ワインは古樹のネレッロ・マスカレーゼ100%で造られるワイン。ネレッロ・マスカレーゼはタンニンが荒く、雑味が多いと言われ、ブレンド用に使用されることが多かった品種。一般的なネレッロ・マスカレーゼのワインは果皮からの成分抽出を長くしすぎるがために、味わいのバランスと本来のブドウの風味が失われていた。そこでフランケッティはピュアなブドウのジュース部分のみを圧搾してマセラシオンの時間も短めに行った。試行錯誤の中で見出した手法は、ブドウと土地の特性が見事にマッチ。エレガンスと繊細さを表現したワインとなり、ブルゴーニュのピノ・ノワールのようだと評されるようになった。この地は19世紀にフィロキセラの被害に遭わなかったためフランス向け用のワインが多く造られるようになった。その際にフランスからピノ・ノワールの苗木が持ち込まれ、それが現在のネレッロ・マスカレーゼとなったのではないかともいわれており、近年の研究では、DNAが類似していることが判明している。今やエトナは地中海のブルゴーニュと異名をとるほど。そのエトナワインシーンの立役者がアンドレア・フランケッティだった。
フランケッティ死後、ヴィノスでのパッソピッシャーロの紹介記事を抜粋して参考に記す。
「パッソピッシャーロの悲しいニュースは、2021年12月にアンドレア・フランケッティが亡くなったことだ。フランケッティはトスカーナとシチリアの両方で本物の慧眼を持つワインメーカーであり、エトナ・ワインの先駆者の一人だった。彼は20年以上前にエトナに到着し、他の数人の先駆者とともに、この産地の価値を世界に証明しようと努めた。そして彼は間違いなく素晴らしい成功を収めた。
パッソピッシャーロのポートフォリオに関して言えば、このワイナリーはエトナ山で最も評価の高い5つのクリュ【キアッペマチーネ】【ポルカリア】【シャラヌオーヴァ】【ランパンテ】【グアルディオーラ】を所有している。これらの単一畑のワインをテイスティングすることはエトナを知るには欠かせない勉強になる。特筆すべきは5つの全てのワインが同じ方法で醸造されていること。全て15〜35ヘクトリットルの大きな楕円形のオーク樽で精製され、その結果、個々のテロワールの違いを明確に比較できるようになっている。醸造長のヴィンチェンツォ・ロ・マウロは「それぞれのコントラーダは単一の楽器のようなものです」と語ってくれた。またエトナとパッソピッシャーロのスタイルをより深く理解するためには、複数のクリュをブレンドしたパッソロッソがある。樹齢80年から100年の古樹のブドウを使用している。率直に言って、このワインはあらゆる点でパフォーマンスを超えているため、コレクターはこのワインを「入門レベル」として見ることはできない」(ヴィノス2022年6月号 エリック・グイド)
【2021年のヴィンテージに関して】
「2021年はエトナ山の北側にとってイレギュラーな年となった。2020年末から雨が多く降り、畑に十分な水分が供給された。だが5月末までは冷涼な気候が続き、例年通りの気温上昇が切望された。そして6月に入り一転し、気温が上昇し、ブドウは生育の遅れを取り戻した。好天が続いたために8月中旬から、例年より少し早くシャルドネの収穫を開始。9月初旬に適度な雨が降り、10月中旬からネレッロ・マスカレーゼの収穫を開始。収穫期も好天が続き、昼夜の寒暖差により、完全に熟したバランスの良い状態で収穫することが出来た」そして特筆するならば2021年はアンドレア・フランケッティ生前最後の収穫となった。亡き当主に捧ぐ、スタッフ渾身のヴィンテージ。
【コントラーダシリーズ】
2008年ヴィンテージからスタートしたコントラーダシリーズ。看板ワインのパッソロッソが何カ所かの畑をブレンドして造られるのに対して、これはネレッロ・マスカレーゼとテロワールの魅力を最大限に引き出そうと単一畑によって造られるキュヴェ。このコントラーダの5つ畑はエトナのグラン・クリュと言っても過言ではないだろう。キュヴェは【キアッペマチーネ(C)】【ポルカリア(P)】【シャラヌオーヴァ(S)】【ランパンテ(R)】に2011年から【グアルディオーラ(G)】が加わった。エトナの土地はブルゴーニュに匹敵するほど個性豊かで、畑ごとの表現が可能であるとフランケッティは考え、単一キュヴェを思い立ったという。全キュヴェ、ステンレスタンクで発酵、大樽で18カ月以上熟成後、ノンフィルターでビン詰め。ネレッロ・マスカレーゼ100%。ブドウの平均樹齢は80~100年の古樹ばかり。フランケッティの思惑通り5つのキュヴェはテロワールの個性を表現し非常に興味深いワインとなっている。
【コントラーダ・シャラヌオーヴァ(S)】
シャラヌオーヴァ(S)の畑は標高850mに位置する。栽培面積約1.0ha。平均樹齢90年の超古樹。2021年の収穫日は10月12日。ビン詰は2023年4月。生産量は2600本。畑名は「新しい溶岩」の意。ブドウ樹は厚い砂利になった1600年代の溶岩流の上に植えられている。冬には雪が積もるほどの厳しい環境であるが、日照時間は豊富。ワインは明るくスパイシーな香りと濃密な果実味で、奥行き深く広がりのあるワインに仕上がる。シルキーなタンニンでエレガントなアフターを演出する逸品。
★ジェームス・サックリング 96点
★デキャンター 95点
★ヴィノス 95点
飲み頃:2025~2035年
The 2021 Contrada Sciaranuova (S) is a well-muscled dancer who enters the stage coy and withdraws, forcing the taster to work for its youthfully backward bouquet. Suggestions of dried roses, licorice, wild strawberries and clove are enshrouded by sweet smoke. It flows across the palate with a wave of pure silk, seamless and refined with pretty red berry fruit underscored by minerals and a steadily building tannic tension that hints at the power within. This coats the palate with a staining of primary concentration that lingers long as violet inner florals and tart blackberry fade.(By Eric Guido on June 2023)
★ワインスペクテーター 95点
飲み頃:2024~2040年
Pure and focused, with a core of warm cherry and black raspberry fruit, this elegant red layers finely tailored tannins and juicy acidity with its ripe fruit flavors. Showing details of dried flowers, iron, anise and leather, this is pleasing today, but its length and finesse recommend it for aging. Nerello Mascalese. Drink now through 2040. (Wine Spectator Issue July 17, 2024)